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中国より契茶の法が伝来してから利休以後、茶の湯の大部分は男性でありましたが、明治になり女子の教育礼儀作法の一手段として茶道教育が始められました。それ以後現在に至りますと、もっぱら女子の人口が多く“男子の茶”をあまり目にする事も少なくなったといわれております。ところで戦国時代の茶の湯で少し興味をひいた話があります。豊臣秀吉が北条氏を討伐していた時の事、ある武将(黒田孝高)を茶会に招き、数時間にわたり軍議をこらしたといいます。秀吉は「これが茶の湯の徳というものであり茶室以外の場で対座して密談を交わしたなら色々とあやしまれ、憶測を招くであろう」と言ったそうです。この時代の茶の湯は大義名分を持ってことをなしていたということもあるのでしょうか。
それはともかくとして、多くの男子に茶の湯を自分の生活の中に取り入れ楽しみを持つゆとりを味わって欲しいと心から願いたいと思います。
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